島津亜矢
7月9日、デビュー35周年を迎えた演歌歌手の島津亜矢が、自身初の無観客による配信コンサート「がんばらなんたい」を開催した。
好評のカバーアルバムシリーズ「SINGER」と同名のタイトルで、2017年9月30日に東京オペラシティ コンサートホールで開催された、島津亜矢初の演歌を歌わないコンサート。
島津亜矢が、初めての無観客による配信コンサート「がんばらなんたい」を行うことが決定した。
島津亜矢の歌を聞いて外国人が涙を流した。
物語風になるが、面白い話を読んだので書いてみたい。
日本で勉強する目的だかで、私の住むアパートに引っ越ししてきたアメリカ人の黒人青年サム君がいる。
「日本の家庭料理を食べたい」とかで、私は実家が近かったので母親の手料理を食べさせてやった。
母親は困った顔をしていたがサム君と片言の日本語で話し合ううちに仲良くなっていった。
サム君は陽気な男で「ママの料理最高!。パパさん男前ね」とはしゃいでいた。
暫くしてサム君が黙りこくってテレビに釘付けになっていた。何を見ているのか気になりサム君の傍に行き、
サム君の横顔を見ると涙を流してテレビの歌に聴き入っていた。
NHKの歌番組で島津亜矢さんが謳っていた。
ものすごい声量で唸るように歌い上げる人なんだけど、サム君、一声、呻いたかと思うと、とたんに涙をボロボロと出し、泣き出した。
その時、島津亜矢さんが歌っていたのが「帰らんちゃよか」っていう歌だった。
夢を追って都会に行った子供に、両親が「そっちはどうだい、お前のやりたいことをやれているかい。親はどうせ先に逝くんだから、無理にかえってこなくてもいいんだよ。親のために生き方を変えるんじゃないよ。今度みかん送るからな、いっぱい送るからな」って、九州の言葉で語りかける歌なんだ。サム君、歌詞は分かりやすくなっているにしろ九州の方言なんて初めて聞いたろうに、ボロボロわんわん泣いている。
歌が終わり落ち着かせると、サム君が話しだした。
「故郷に残してきたお父さんとお母さんを思い出したんだって。お母さん、少し脚が悪くって、一人っ子だからなおさら心配で、日本に行くかどうかすごく迷っていたんだけど、私達は大丈夫!って笑って送り出してくれたって。
手紙には、早く帰っきてねとか、早く会いたいとか一言もなくて、ただサム君を案じる言葉と、明るく元気づける言葉だけを書いてくるんだって。
サム君「彼女の歌声は俺の魂を嵐のように故郷まで運んでしまう、まるでパパとママの言葉のようだ、
パパとママが俺に話しかけてくれるようだ。こんな激しい歌声を、俺は他に知らない」っていうのよ。
大泣きしているから日本語と英語がメチャクチャんだけど、それを聴いて私も両親もなんか貰い泣きしてしまった。
それから父はサム君に飲め飲めと酒を勧め、母は台所に立って、サム君に持たせなきゃって、山程の料理をタッパに詰め始めた。
結局、私の実家に泊まったサム君は、島津亜矢さんの名前と漢字を確認してメモして、CD買いに走ったよ。
ホームシックになった時、壁にぶつかってへこたれそうになった時、彼女の歌を聞くと魂の底から力が湧くんだとか。
「帰らんちゃよか」、知らない人は歌詞をググって観てくれ。泣けますよ。